世耕弘成参院議員の講演会
- 2008/07/06(日) 22:36:28
世耕弘成参議院議員の講演会が大阪教育大学附属中・高の小講堂で約300人の人を集め「中高時代から今を語る」と題しておこなわれ、私も聞きに行ってきました。彼は附属中高出身で、中高時代に培われたものがいまの政治活動の中で大きな基盤になっていることが、学生時代や政治家としてのエピソードを交えながら、みっちり2時間にわたり講演されました。私も同じ中高の卒業生として講演を聞かせていただきました。
3人の先生との出会いを語られていましたが、それらの先生との出会いの中で、中高という頭の柔軟なときに基礎的なことを教え込まれることの大切さ、自分への投資を惜しまないこと、読書の大切さを身につけた、ということでした。私のことを振り返っても中高の先生はキラ星のごとく優秀な先生がたくさんおられたし、自分の精神生活の基盤はこの中高時代にあるし、今も公私共にお世話になっているのは中高時代の先生です。
彼は昭和37年生まれでまだ45歳と若く、伯父世耕正隆の亡き後、1998年11月参議院和歌山地方区補欠選挙に自由民主党公認で立候補し当選、2001年の参議院選挙で2期目の当選をはたした新進気鋭の政治家です。森派に属していますが、小泉元首相、安部前総理にもかわいがられ、とくに安部総理のときには首相補佐官として内閣の中枢にありました。彼が注目されるきっかけになったのは、小泉内閣が郵政民営化政策を進めているときに、参議院議会運営委員会の理事の立場で、参院本会議において郵政民営化の賛成討論をする議員の人選に当たっていたとき、他の議員が郵便局の支持を失うことを恐れて賛成討論をすることを避けた中で、最終的に彼が賛成討論をすることになったことにあった、ということでした。和歌山県の郵便局から次回の選挙は応援しない、といわれるなか、郵政民営化の必要性を自分の言葉で書き上げ、賛成討論をしましたが、それが小泉首相の目に留まり、その直後におこなわれた衆院解散総選挙で、彼が自民党広報本部長代理及び自民党幹事長補佐として自民党のメディア戦略を担当したということで注目された契機となったのでした。
人が嫌がることを自分の仕事として振られたときに、その仕事に全力投球をする大切さを強調されていました。そんな中でいろいろな人との出会いがあり、それが大きく人生を変えていくきっかけにもなっていくでしょう。
私より10歳も若い後輩が国政の中枢で活躍する姿を見るにつけ、私もフィールドの大きさは違いますが、強い信念をもって東大阪市政の改革のために力を尽くしたい、という思いを強くもちました。

新聞報道
- 2008/07/04(金) 23:33:47
4日の新聞では四大紙(産経・朝日・読売・毎日)がこぞって、3日の東大阪市議会の様子を写真入りで報道しました。写真は各紙とも、2名の説明員の出席停止の議決を受け議会事務局職員が当該説明員に退席を促している場面の写真で、議会と市の関係が混乱している象徴的な構図です。
【朝日】市政をめぐる論戦とはかけ離れた「入り口」の問題で議長側と市長側の対立が続く異例の事態に、傍聴した市民はあきれ顔だった。・・・傍聴席には40人近くの市民が詰めかけ、「議会のごたごたにしか見えない。早く正常化してほしい」「政務調査費の透明化など、ほかに取り組むべき課題があるのでは」という声が出ていた。
【読売】傍聴に訪れていた市内の主婦(53)は「この人たちが市民の代表かと思うとがっかり」とあきれた様子だった。
他の二紙は事実の客観的な記述でしたが、読者の市民からすると、議会と市の関係がうまくいっていないことが読み取れる論調でした。
この事態をなんとか打開していかなければならない、と考えています。
本会議の混乱続く
- 2008/07/03(木) 16:06:28
本日(3日)本会議が開かれましたが、理事者(市)側の2人の説明員の退席をめぐり冒頭より大荒れとなりました。議長(議会多数派)が2人の説明員の退席を命じ、議会少数派の自民公明は退席する必要がない、という怒号が飛び交い、ここで議会多数派から退席を求める動議が、また同時に議会少数派から退席をせずにこのまま議会を進めよ、という動議が出され、採決の結果出席説明員の退席を命ずる、という決定がなされました。議長はそれに基づき退席を命じましたが、理事者側もそれに応じず、議会少数派からもその必要なし、という怒号の中で、議長は「暫時休憩」という措置をとり、休憩に入り、いま議会は休憩中です。
きょうの議論の背景は昨日の議会運営委員会にさかのぼります。議会運営委員会で3月議会の最後に議長から3名の理事の出席停止が出されたことから、その後の市側の対応などの経過説明がなされ、議長の権限として説明員の出席停止を出すが、議員が説明員から説明を受け議案を審議する審議権を侵害しないように、出席停止された説明員のほかに代わりの説明員の出席を認める、ということで意見がまとまったように見えました。「ほかに意見はありませんか」という委員長の発言で自民・公明から議員の審議権を大切にしてほしいという意見がだされ、議長もそれは最大限尊重する、ということで議会運営委員会の大勢は決まったように思え、これで明日の本会議はスムーズに開かれるだろうと思いました。
きょうの本会議の中で、自民公明から出されたのは、昨日の議会運営委員会において上記のような経過の中で決定はなされていない、というものでした。
わたしは議会多数派のリベラル東大阪の一員として議長の「理事の退席を求める動議」に賛成をしましたが、もともと3月議会で議長が突如理事の出席停止を出した措置そのものは、議長権限とはいえ妥当性を欠くと考えています(4月7日・6月30日ブログ参照)。しかしそれを差し置いても、昨日の議会運営委員会の流れからすると、起立採決はおこなわれていないものの、議論の流れは「異議なし」と取られたし(自公の発言は単なる意見の発表に思えた)、昨日の議会運営委員会で決定がなされなかったとしても本日の本会議で「退席を求める」採決がなされたわけだから、理事者側が退席をもとめられた2名の理事の出席にこだわるのはいかがなものか、と考えます。
説明員の退席云々の問題で議会の本来の仕事である議会が開かれない、というのはいかがなものだろうか。きょうはたくさんの市民も傍聴に来ていました。市民はこの事態をどのようにみているのだろうか。3月議会からの一連の流れはコップの中の嵐に過ぎないし、双方がお互いのメンツだけにこだわって議会本来の議論ではないところで、些細な問題や人間関係が政争の具になっているのではないか、と思ってしまいます。
いまの議会のなかの対立は、長尾共産市政のときより根が深いように思います。この対立が市政運営の今後に大きな影を落とすのではないか、と危惧しています。
※結局本日(3日)は午後7時半から市側は市長だけが出席して報告案件10件の提案理由を説明し、7日個人質問がおこなわれるという日程が決まりました。7日きちんと議会が開かれ、質疑質問がおこなわれるのだろうか。
いつまで続く?議会の混乱
- 2008/06/30(月) 21:46:40
30日(月)6月議会が招集されました。
私が議員になった昨年の10月以降、議会が10時に予定通り開会されたのは12月議会だけで、その後は議会と市側との軋轢からスムーズに議会運営がおこなわれていません。きょうは高額なはしご消防車を購入するにあたり議会の議決が必要なため(国の助成金を得るためには6月末が期限)開かれるので、問題なく10時に開会されるだろうと思って待機していましたが、10時をすぎても開会のべルがなく開かれる様子はありません。
事情がわからないまま待機していましたが、どうも3月議会の最終日に議長が3名の市職員に出席停止を命じたことに、市側がきちっと事後措置の対応をしていないことが原因らしい、ということがわかってきました。
やはり自分が心配したとおり(4月7日ブログ参照)議長の出席停止措置が6月議会にも尾を引いているのだ・・・・・
やっと代表者会議、議会運営委員会を経て午後2時半に開会されましたが、開会直後に議長は「このままでは責任ある議事を進められない」ということですぐに休憩になりました。こうなると会派代表者が集まる代表者会議での調整や正副議長と市側とのやりとりに任せられるわけですが、控え室で待つわれわれ議員には何がどう進められているか見えてきません。ましてや市民からするとさらにわかりにくいことになっていくでしょう。
市側との調整がつかず、4時45分に再開されましたが議会日程を決議しただけで本日の議会は散会となりました。
結局きょう議場の議席にすわった時間は5分程度でした。議長と市側との話し合い、調整がつかなければこれからも議会の運営はこのような事態と大同小異となってしまいます。二元代表制のもと議会は議論の場でなければならないのに、議会が開かれないということに危機感を感じるとともに議会人としてこれでいいのか、という自責の念にかられます。と同時に、事態の推移をただじっと眺めているだけしかできないことにもどかしさを感じています。
そもそも3月議会の最終日に議長から突然出された職員の出席停止は、代表者会議でも議会運営委員会でも出ていなかったことで、それを議長の権限であるからということで議長が恣意的に出していくことは、議長の独断と議会の独善的な運営に陥ってしまう、ということができるでしょう。「議長の権限」としての行使が、議会の多数派の意見と乖離してしまうならば、本当に議会を代表して市側と対峙しているのか、という疑問も出てきます。
市の理事者側も意固地になることなく、双方が歩み寄りをしながら腹を割った話をしなければ、地方政治の二元代表制の長所が生きてこないし、市民の信頼をますます失っていくことになるでしょう。とにかく議会が空転するということは、何をさしおいてもまず避けなければいけないことではないか、と思います。コップのなかの嵐に陥ることなく、市民に目を向けた、市民にわかりやすい議論をしていきたい・・・・地方分権がますます進み、これからは地方の時代に必ずなるのですから・・・・
朝だち
- 2008/06/25(水) 22:43:04
毎週水曜日の朝7時半頃から8時半頃まで、近鉄奈良線瓢箪山駅頭で朝立ちをしています。
瓢箪山が地元なので、駅頭でごあいさつをして、市政報告と市政にたいする自分の見解を演説しています。といっても朝の急いでいる時間なので、立ち止まって演説の内容を聞く人はいませんが、私も毎回テーマを決めて10分〜15分程度のものを4〜5回繰り返して話すようにしています。通して聞く人はないとはいえ、自分で話をするとなると自分なりに内容を考え、話し方を考えながら話すので演説の勉強にもなります。きょうは自分でもうまく演説ができたなというときもありますし、原稿をしっかりつくっていたわりにはうまくできなかったな、というときもあります。まあ失敗をしてもじっくり聞いている人がないので、気楽に話せる、ということもありますね。
きょうのテーマは「学校の耐震化について」でした。中国四川省の大地震は死者の数が9万人をこえる大きな被害をもたらしたのですが、小中学校の校舎が7千棟倒壊し、生き埋めになった子どもたちの被害が甚大であることが報道されました。学校の耐震化を進めることは子どもたちの安全を守ることと同時に、学校の地域における防災の拠点としての役割を考えるときに、優先的にすすめなければならない政策であるということがいえます。
国も阪神大震災を契機に学校の耐震補強工事の補助率を三分の一から二分の一に引き上げたのですが、四川省の地震をきっかけにその補助率を三分の二に引き上げるように法律を改正しました。さらに地方交付税の配分を手厚くすることにより、自治体の負担は工事費の一割程度になっています。
いま全国に12万7千の小中学校があるのですが、耐震性のあるのは62%という報告がされています。大阪府の小中学校の校舎の耐震化率は全国平均をしたまわって56%ですが、東大阪では34%にすぎません。平成22年度までに体育館の耐震化補強工事を終ると次に校舎の耐震化にかかる計画ですが、国の補助率もあがったいま、関西に大きな地震が発生することも予測されていることを考えると、耐震化補強工事をいそぎ、災害に強いまちづくりを通じて安全に安心してすめるまちづくりをすすめなければならない、といえるでしょう。


