スポーツのすばらしさ

  • 2008/08/21(木) 16:59:58

 中国で開かれている北京オリンピックが連日日本の活躍で盛り上がっています。特にきのう夕方からおこなわれた女子ソフトボールでの3位決定戦のオーストラリア戦は、追いつ追われつの手に汗握る好ゲームで、久しぶりに興奮し、延長12回サヨナラ勝ちには感動しました。特に上野投手は同じ日の午前中にも対アメリカ準決勝線でも延長9回を投げきり、1日で318球の熱投でした。きょうの決勝のアメリカ戦にも登板が予想されており、肩やひじは大丈夫なんだろうか。

 オリンピックは国の代表として、スポーツ選手にとって最高峰の戦いなんですが、いま埼玉県では高校のインターハイが戦われており、中学生の大会では全国中学校選手権大会が新潟県を中心に開かれています。こういった勝つことを目ざして戦う「チャンピォンスポーツ」は、国レベルか日本レベルか、またわれわれの周りの地域の大会レベルかは別にして、各競技レベルで、いろいろな年代の人が取り組んでいます。私もかってはそういう時期もあったのですが、勝つことを目ざして日々肉体や精神を鍛錬し、努力している人は多くいます。そういった中で都道府県の代表になったり、国の代表になるのはほんの一握りの人で、それだけでもすごいことだと思うし、100人の選手がいると100通りのそれぞれのストーリーがあります。きのうのソフトボールの試合でサヨナラヒットを打った西山麗選手は生まれつき心臓の弁に障害があり、かけっこも禁じられていた子どもだったらしいのですが、中学生のときに弁を移植し、いまもいつ倒れても不思議ではない状況の中で過酷なトレーニングを積んで全日本の代表になったという逸話もすごい話ですね。

 こういった大会で勝つためには並大抵ではない努力が必要だし、勝者になった人は必ずすごいトレーニングを積んでいます。そういう意味では練習を積まない人に「勝利」はないし、練習はうそをつかないと思います。しかしながら生活のすべてをかけて日々練習に明け暮れ努力した人が「勝利」に到達するとは限りません。むしろ一人の勝者の影には無数の敗者の涙があることも確かです。しかし自己の限界に挑戦し生活のすべてをその競技にかけることは、たとえ最終的には目標を達成できなくてもそのプロセスにおいて身につくことは多く、人間形成や生活習慣を含めてその後の人生の力になっていることが多いと思います。

 私たちは自分の所属する団体や日本が活躍すると素直にうれしいし、スポーツは学校や職場、地域、国というひとつの人間集団がひとつになる大きなきっかけをつくることになると思います。国や地方自治体がスポーツの強化をはかり、積極的に政治のなかに取り入れることは、日本のスポーツレベルが向上し、国際的な競技力の向上につながるばかりではなく、強固なコミュニティをつくる上でも大切なことではないか、と考えています。

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